普段の会話でことわざを使うことはありますか?
あまり使わない人も、「日常茶飯事」や「一石二鳥」、「花より団子」などのことわざは聞き馴染みがあるのではないでしょうか。
ただ、今回ご紹介するのは、おそらく聞いたことも使ったこともないであろう
「世界のことわざ」。
知るきっかけとなったのは、『誰も知らない世界のことわざ』(著:エラ・フランシス・サンダース / 訳:前田まゆみ)という本でした。
本書で扱われていることわざの一つひとつに、興味深い由来や独特の視点があり、異国の様々な景色を想像させてくれます。著者によるイラストも味わいがあってかわいい。人にプレゼントしたくなるような一冊です。
今回は、そんな『誰も知らない世界のことわざ』の中から、おそらく意味を知っている日本人はほぼいないだろうと思ったことわざを5つご紹介します。仕事や暮らしの中での、ちょっとした手助けになるかも知れません。
エビサンドに乗って滑っていく 《 スウェーデン語 》
これは、
「働くことなく安楽に暮らしている」
ことを表すことわざ。
代々受け継がれた富を享受している人に対して、皮肉めいて使うこともあるようです。
本書によると、スウェーデン人の有名シェフ、レイフ・マンネルストレム氏はかつてエビのオープンサンドを「神に捧げる食べもの」と表現したのだそう。
そんな特別な食べ物とも言えるエビサンドに乗って悠々と滑るような人は、お気楽に過ごしてきた人なのだろう、という考えから生まれたことわざのようです。
そういえば、かつて「親ガチャ」という言葉も流行りましたね。
日本のことわざで空気が似ているのは
「親の光は七光(親の七光り)」でしょうか。
ネットニュースのコメントで「親の十四光」なんて揶揄されている芸能人もいて、そこまで言わんでも、と笑ってしまいました。
どうしても皮肉を言ってしまいそうな時は
「あいつエビサンドに乗って滑ってんなぁ〜」
と心の中で思うのがおすすめ。その姿を想像したら可愛く見えてきそうじゃないですか?
水を持ってきてくれる人は、その入れ物を壊す人でもある 《 ガー語 》
「助言や手伝うことなく見ているだけの人は、何かを成し遂げようと努力してミスをしてしまった人を批判すべきではない」という意味があります。
ガー語とは、ガーナの政府公認言語のひとつ。
本書によると、むかしガーナでは水を汲みにいく際、井戸や川まで長い距離を歩いていく習わしがあったのだそう。つまり、「水を汲みにいく人こそが、水を入れる土器を最も壊しがち」ということが、ことわざの由来になっているようです。
「ほら見た、言わんこっちゃない」
「やる前からダメだと思ってたよ」
と言う人に向けたことわざでしょうか。
このことわざは、ミスをしてしまった人を批判すべきではないという視点ですが、
” 何かを達成した人を批判すべきではない ”という意味でも使えるのではないかと思いました。
前述の「エビサンド〜」ではないですが、
他人の成功や幸せを素直に喜べなかったり、妬んでしまうこともあるでしょう。
そんな時、
「お気楽に見える人も何かしらの苦労はあるだろう」
「簡単に成功を手にしたのではなく、様々な失敗や挫折を経験してきたのかもしれない」
と想像することができれば、自然と否定的な目で見ることが無くなるかもしれません。
なお、本書でも触れられていましたが、こんな考え方もできます。
- 何もしなければミスをせず安心して過ごすことができるかもしれない。
- 一方、何か行動することで思いがけないことに出会えるかもしれない。
もちろんどちらが良い、というわけではありません。
その人の考え方や、置かれている状況などにもよりますよね。
あごひげが郵便受けにはさまってしまう 《 ノルウェー語 》
「悪いことをしているときに見つかってしまう」
「(自分は悪くなくても)望ましくない状況に陥ってしまう」
「不意打ちを食らう」
といった、色々な意味で使われることわざです。
例えば、漫画やコントなどで、こんな会話を見たことはありませんか?
「浮気?そんなのするわけないよ」
「じゃあ、部屋に落ちてたこの長い髪の毛は何?」
みたいな。
このことわざも似たような話が由来にあります。
それは、デンマークでの話。
ある郵便配達員の男が金庫のお金を盗んだそうで、当の郵便配達員は「絶対に金庫に触っていない」と主張したのだそう。
ただ、金庫の中から男のあごひげが見つかったことで、主張はくつがえされたということです。
今やDNA鑑定で何でも証拠になってしまいます。
全身脱毛したとて、です。とにかく悪いことはしちゃだめ。
青の問いに、緑の答えを与える 《 チベット語 》
「質問に対して全く関係のないことを答えている」ときに使われる、チベット語のことわざです。
質問に対して本質から離れた回答をしたり、論点をずらしてその場をやり過ごしている政治家を見ることもあるでしょう。
自分を守るためなのか、妙なプライドが邪魔をするのか。
単純に質問の意図がわかっていないのか。
とにかく頓珍漢な回答をしている人に使えます。
あごひげが郵便受けにはさまってしまった彼氏がヘンテコな言い訳を始めたら、このことわざを使いましょう。
逆にこちらが質問する際は、相手が困ってしまうような的外れな質問をしないようにしたいですね。
質問する側、質問に答える側。
どちらの立場にしても、質問の意図は何なのかを考えて、誠実に対応することが大切である気がします。
また、質問に対して本当に答えがわからないときは、変に取り繕うことなく「わからない」と言えば、”青の問いに青の答えを与える”ことになるのではないでしょうか。
とはいえ、私もフランクな間柄の人との会話や、お酒の席などではテキトーになることもよくあるのですが。
あと、大好きな高田純次さんの芸風にぴったり。
私の別荘は、ずっと外れにある 《 ウクライナ語 》
「会話の話題になっていることでも、自分の知らないことは自分に関係がない」
といったことを表す、ウクライナ語のことわざです。
解説の中に、
「ウクライナ人にとっては、(外国人がそこにいない限り)根ほり葉ほり聞くことはあまりよしとされていません」
とありました。ウクライナではお互いのプライバシーを尊重する傾向にあるのだと。
この解説を読んで改めてことわざは、その国や地域の「あるある」をキャッチコピーにしたものなのだと思いました。
人は人、自分は自分という国民性だから「私の別荘は、ずっと外れにある」ということわざがウクライナで広まっているのだと。
一方で、「出る杭は打たれる」が広まっている日本も日本らしい、と感じるのです。
ちょっと脱線しますが
【おしえて!イチロー先生】という特別授業(YouTube動画)の中での
イチローさんと子ども(中学生くらいの女の子)のやりとりを思い出しました。
子ども「”出る杭は打たれる”というのですが、打たれないようにするにはどう過ごせばいいですか?」
イチロー「それは簡単です。もっと出たらいいんですよ。突き抜けたらもう手に負えないので」
イチローさんの回答も素敵ですが、子どもがそこを気にしているのだなぁと興味深く思ったのでした。
兎にも角にも、人に興味を持つことは良いことです。
あれこれ詮索するのは別ですが。
おしまい
『誰も知らない世界のことわざ』には、このほかにもクセのあることわざがたくさん収録されています。例えばこのような。
- 誰かを、その人のスイカからひっぱり出す。 《 ルーマニア語 》
- 目が私について行った。 《 マルタ語 》
- 彼の鼻は、雲をつきやぶっている。 《 セルビア語 》
- ペリカンを半分に吹き飛ばしている。 《 デンマーク語 》
ことわざ自体も面白いですが、著者の個人的な感想や問いかけから、考えをさまざま巡らせることができます。
ことわざに添えられたイラストも相まって、絵本を眺めているような感覚にもなりました。
最近あまり本を読んでいなかったのですが、この本や出版区の動画がきっかけで読書欲が再燃してきています。
今後、このBLOGでも色々な本をご紹介しますねー!
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